女子新聞手帖

神奈川県在住、自由気ままな30代ワーキングマザー。日課は新聞を読むこと。活字好き。

自分はコミュ障なのかどうなのか、という疑問を考える

恥ずかしながら、いつも職務経歴書の自己PRで「コミュニケーションに自信がある」と書いていたのですが、最近ふと、これを堂々と書いていいものなのか疑問に思ってきました。

あくまで、そのコミュニケーションは「職場でのコミュニケーション」ではあるのですが、仕事上のコミュニケーションはまあできている方かな、とは思うものの、もともと雑談は苦手で、同じパートさんと話をしたりすることはあまりないのが現状。

ママ友もほとんどいないし(というか、そもそも何話していいかわからない)、幼稚園でも友達作ろうともしていない自分はもしかしてコミュ障なんではないか、と最近思ってきていました。

自分からコミュニティに入っていったり、つながりを作りにいかないとダメなのか?

というわけで、文字通りコミュ障について考えている本を購入してみました。

現代思想 2017年8月号 特集=「コミュ障」の時代

現代思想 2017年8月号 特集=「コミュ障」の時代

 

すべて読んだわけではないのですが、やはり、世の中で広く言われているコミュ力というのは、協調性であって、やはり周りの空気を読んでとっさに反応できる能力とか、ノリがいいとか、そんなものなのかなと思います。

また教育現場でのコミュニケーションだと、うまくプレゼンできるみたいな、自分の考えを話そう、みたいなかんじなのかなと思います。

先日保育参観に行ったら、園児全員何かしらみんなの前で発表させられてたのですが、こういうのも今の時代の流れなのかな、と思ってしまいました。

なんか小さいうちから、ビジネススキルを学ばせられているような気持ちに。考えすぎだろうか。

平田オリザさんが「「企業のための教育」になってしまう」と書いていたけどまさにそんなかんじ。

人間としての教養よりも、ビジネススキルか。

 

ここで疑問なのは、じゃあ、何でもかんでも自分の考えや自分のことをうまく話せればいいのか。

千葉  現代的なコミュニケーションの主要な問題は何でも明確に表に出して言うことの規範化だと思います。明るみの規範化。本当はそこまで言いたくない、黙っていたい、もうちょっと静かにしていたいというような気持ちは尊重してくれない。おそらくそういうタイプの一部の人たちは、自分を「コミュ障的」と自認したり、さらには「コミュ障的」であることに何らかの抵抗的な意義を込めたりするのだと思います。明るみに晒されすぎることに対する抵抗ですね。

当然ひとりで静かにしていたい人もいるわけですが、なんかこう、つながりが多い人がコミュ力高い、と言われるのかな、という気はします。

 

空気を読まなければいけない、ということについては、「他人の目を気にして忖度するタイプのコミュニケーションがネットの拡大によって爆発的に増えた」(p55)と書かれているように、なんだかすべての世界が田舎の閉鎖的な社会のようになってしまった感は確かに感じます。すごい窮屈。

「絆が緩い地域のほうが自殺は少ない」というのも印象的です。「他人に対してあまり関心がなく、人のことは放っておき、いちいち比較はしない」ということらしいです。つまり、人目を気にしなくて気楽に生活できると。

確かに時と場合によりますが、近所の方に干渉されるのは、正直めんどくさいです。ほっといてほしいときもあります(笑)。でも、とりあえず近所の人とはうまくやっていかないといけないし、私の方からも何か話さないと、という強迫観念が。

ちなみにママ友の世界もオープンかクローズか、と言ったら、断然クローズでしょう。

そのため、「空気を読めない」ことが、社会生活を営むにあたって、どうやら重大な障害となってしまっているわけです。

 

発達障害の診断が急激に増えている、という話も出ていましたが、発達障害というものが知られてきたというのも一因かなとも思いますが、少しでも空気読めないとか、友達とうまくやっていない、とかで「あれ?もしかして?」と思うことが増えてきたのは確かかなと思います。

 

しかしながら、「コミュニケーションを「能力」で問うな」という文章も収録されていましたが、確かにコミュニケーションは能力なのか?

数学ができる、とかと同じように誰かに評価されるものなのか?

テストの点とかでわかりやすく判断できるものでもないから、なおさらモヤモヤします。

 

最終的な結論としては、気にすることはない、ということです。

空気読みすぎたり、内輪の集団から外されないように、ということに注力して疲弊してしまうよりは、自分の世界・考えを持って、思うように生きていけばいいのではないか、と。

むしろ鈍感のほうが生きていくのが楽だと思います。

すべて当たり障りのないように生きていくのがいいとは思えません。

それではいつか心が崩れていきます。

表面上の仲良しがたくさんいるよりは、信頼できる関係が1つだけでもあったほうが、良好なコミュニケーションがとれているということではないでしょうか。

 

息子についても集団が苦手、などの心配な点はありますが、意志がはっきりしていて、素直に自分の希望を言っているので、ある意味、すごいなと思います。このまま自分の興味・関心を充実していってほしいなと願っています。

結局は自分を信じられるかどうか、でしょう。

自分の気持ちに素直になれて、自分を好きになれなければ、何をしてもつらいだけだと思います。