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女子新聞手帖

新聞などを読んでいて気になった、子育て、教育、医療、家、お金ほか、だいたい「女性」に関わることのメモ。

奨学金、無償化、いろいろあってもやっぱりなくならないのか、教育格差!

2月になりました。ちょうど私立中学の入試真っ盛りだと思います。

しかしなくならないのが、教育格差の問題。

www.nikkei.com

しかし、心すべき事実がある。数字のうえでは希望者全員がどこかの大学に入れる「全入時代」とはいっても、実際に大学へ行く若者は同年代の半分ほどなのである。

 文部科学省の学校基本調査によれば、高校生の昨春の大学・短大進学率は54.7%。2000年代以降、往年の伸びにブレーキがかかり、特にこの10年ほどはほぼ横ばいである。大学入試をめぐるさまざまな話題に実感を持てぬ人々は少なくないはずだ。 

全入時代になり、相当数が大学に進学しているとわたしも思っていましたが、そうでもないという事実。

 

成績はよかった。やる気もあった。なのにお金がなくて進学をあきらめたという人は多い。入学しても後が続かず退学するケースも目立つ。12年度の文科省調査では、中退者7万9000人のうち2割が経済的理由だ。

それを思えば、政府が来年度から導入する給付型奨学金制度は画期的である。住民税非課税世帯の1学年約2万人を対象に、月2万~4万円を支給するという。規模は小さいが、救われる学生は間違いなく増えるだろう。

 時を同じくして東京都も、世帯年収760万円未満の私立高校生の授業料を実質無償化するそうだ。

 

格差は親の経済状況で決まる…

 

およそ子どもの学力を形成する要因として、教育社会学ではいくつかの「資本」を挙げる。ひとつは親の所得など経済的な資本だ。塾や家庭教師への支出も含め、子どもの教育にどれだけお金をかけられるかが学力を左右する。

 もうひとつは文化的な資本である。たとえば家に本がどれだけあるか、幼児期に読み聞かせの習慣があったか。そして、親の学歴もその要素だとされる。吉川徹大阪大教授は著書「学歴分断社会」で、非大卒の親は子どもが大学に行くことに必ずしも価値を見いださず、それが次世代に受け継がれて社会は大卒と非大卒の2つの層に分断されていく――と指摘した。

(中略)

 

吉川氏によれば「『親が、子どもを大学に行かせたいと望むのは当たり前だ』という『教育格差』の大前提は、大卒層特有の発想に基づいている」(「中央公論」2015年6月号)。多少のお金があったとしても、あるいは奨学金が出ても、進学への意欲を持たない人々の存在を忘れてはならないのだろう

 しかし、こうした「意欲格差」は実証しにくいから、政策はいきおい経済的支援に傾く。それはそれで大切だが、社会の半分を占める層のメンタリティーの微妙さにもっと敏感でありたいものだ。

そうなのだ。

奨学金は昔からあった。たしかに返す必要があるものもあるが、使うことはできたのである。

そのまえに、家庭環境として、本を買ったりとか、習い事をさせられるかとか、そもそも親が教育に対してどう考えているのかということのほうが重要なのではないか。

お金をかけられなくても、勉強ができる子もいると思う。

しかし、進学できるかどうかは、親が決める。

 

自分の親がもし、「高校なんて行かなくていい」と言ったら、わたしは行かなかったと思う。

集団生活になじめず、学校が嫌いだったから。

でも、「高校までは行ってくれ」と親に言われて、当時は仕方なく行った。

結果的にはそれがよかった。仲の良い友達もたくさんできた。

 

結局、親の考え方次第なのではないか。

 

たとえば、親が大学に行けなかったとかなんらかの問題で苦労して、子には苦労しないでほしい、と勉強を一生懸命させることもあると思う。

www.asahi.com

 

教育の問題は奥が深そうです。

 

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